休日に 千円の楽しみ 田沢の湯

 青木村に田沢温泉という鄙びた小さな温泉町がある。僕は休日、ドライブがてらここの温泉に入りに行くのも、楽しみのひとつである。
 上田から車で約40分。途中、見返りの塔と呼ばれる三重塔がある大法寺に立ち寄る。美しい塔で、帰りがけにもう一度振り返って見たくなる、魅力のある塔だ。「見返りの塔」と呼ばれる所以である。
 田沢温泉は温泉町と言っても旅館は数件しかない。島崎島村の千曲川のスケッチの「その五 山の温泉」にはこう書かれている。

『温泉地にも種々あるが、山の温泉は別種の趣がある。上田町に近い別所温泉なぞは開けた方で、随って種々の便利も具わっている。しかし山国らしい温泉の感じは、反って不便な田沢、霊泉寺などに多く味われる』



 田沢温泉には公共の外湯がひとつある。上にある駐車場に車を停め、二百円を投入して券売機で入浴券を買う。それを窓口で渡すと、受付の人が、「ごゆっくり」と声を掛ける。
 少し温めの掛け流しのお湯だ。僕はこの湯船にゆったりと浸かるのが好きである。
 その日は大型の台風が過ぎた翌日。雲が流れているらしい。湯殿の窓ガラスを通した日差しが中を明るくしたり暗くしたりしていた。人もそれほど入ってはこない。浸かっては出て休み、また浸かっては出て休みを何回か繰り返していると、心身共にリラックスしてくる。やはりこの温めのお湯はいい。
 「ありがとうございました。またお越し下さい」という声に送られて車に戻る。
 ちょうどお昼時、青木村内まで下りて蕎麦屋に入る。この村は蕎麦屋が多い。蕎麦の味を堪能すると、途中自動販売機で缶ジュースを買う。
 そして青木村内から沓掛温泉方面に向かう。この沓掛温泉も小さな温泉町だ。やはりここにも公共の外湯があって、田沢温泉ほどではないがよく来る。さらに温いお湯だ。
 沓掛温泉をさらに上ると、そこは峠道だ。この峠道を保福寺峠という。青木村から保福寺峠への道は、古代の官道東山道で、江戸時代は保福寺街道と呼ばれた松本〜上田間の最短ルートとして、明治の鉄道が開通するまで盛んに利用された交通の要所だった。
 約20分ほど上ると頂上にでる。頂上は今来た青木村に下りる道と、鹿教湯温泉に下りる道と、別所温泉に下りる三叉路になっている。朽ちかけた看板には、保福寺峠スカイラインと書いてある。
 ここから鹿教湯温泉に下りてもいいが、その日の僕は別所に下りる道へ向かった。どちらに向かう道もそうだが、舗装はされているが普通車がすれ違い出来ない狭い道だ。
 所々広場があり、僕は木陰になっている場所に車を停める。そしてここで、缶ジュースを空けお気に入りの文庫を開くのだ。
 車の窓を全て開け放すと、山の空気は心地よい。缶ジュースを飲み干すまで本を読んでから、うつらうつらとする。それから、別所へゆっくりと下りて行くのだ。
 入浴料と蕎麦と缶ジュース。ひとりの休日を、千円でゆっくり過ごす贅沢である。

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2008年07月27日 Posted by Le musicastre at 19:55Comments(0)青木