山間に 棚田を守る 案山子あり ~板沢宇坪入の棚田~
急な電話を受けて、佐久穂に向かう。今日の予定にない仕事である。今日は近隣で済ませようと目論んでいたが、佐久穂までは多少の距離がある。
対向車線から来る車の列の、どの運転者も疲れきった顔をしている。シルバーウィークを楽しく過ごした反動だろう。
反対車線から見る僕の顔も、疲れきった表情をしてたかもしれない。もっとも僕は、この連休中も仕事だった疲れなのだ。
急な仕事を終えると、街の喧騒から逃れたくなった。
疲れているせいか、
(田舎の風景が見たいな)と思う。のんびりとした安穏な風景は心身の疲れを癒してくれるかも知れない。
正直なところ、佐久平はどこを走っても田舎の風景が見られるが、ふと棚田の風景が浮かんだ。しかし棚田は、佐久平の平野には絶対に見られない。
今日も秋晴れである。ただ浅間山は雲に閉ざされていた。
車の中は、優しいリュートの音色が流れている。僕は車の中でCDを聴くことはあまりないが、リュートのCDだけは車の中に用意してある。気が向いた時にだけ掛けるのだ。
音楽は、現代に近付くと共に大音量になってきた。それは音楽家が宮廷付きから職業音楽家に変わっていったからだ。
宮廷音楽家は、国王の為だけに音楽を作ればよかった。それで給料が貰えた。しかし職業音楽家は、たくさんの聴衆を集めて、その聴衆の支払うお金を糧にしなければならない。だから人がたくさん入る会場が必要になる。人がたくさん入るような大きな会場の後ろまで音を届かせる為には、大きな音の出る楽器でなければならない。
そんな時代に合わなくなった、音の小さいリュートは廃れていく…。
リュートの音の古の調べはやはり癒される。
僕が練習しはじめて過去に断念した、ピッチニーニのパッサカリアが流れてきた。
この曲は、同じコードが繰り返される曲なので、へたすると単調になりやすい。それに下声、中声、上声に出てくるテーマを浮き立たせなければならない難しい曲だ。
そんな難しい曲だからこそ、やりがいがあるかもしれない。曲を聴きながら、また挑戦してみようと思った。
車は浅間山の裾野を、国道から上って行く。御衣黄が咲く里を左折し、葉もれ陽の細い道をしばらく行くと菱野の温泉だ。
藤村の『千曲川のスケッチ』「山番」に書かれている「尾の石」というところはここからそう遠くないんじゃないだろうか、と思う。
実は、尾の石という地名を地図で探しても載ってない。
あとで図書館で調べてみようと思ったが、生憎書庫整理の為休館だった。
ただ、「山番」には菱野の湯まで十町とあるから、その周囲1㎞範囲のどこかだろうとその時、単に思っただけだ。
図書館には旧小字の書かれた地図資料があるだろうから、今度調べてみよう。
菱野の温泉からしばらく下ると、板沢という地区に出た。
この地区の宇坪入の棚田は、農水省によって制定された『日本の棚田百選』のひとつだ。傾きかけた案内板がその場所を告げている。この先300mらしいが、その距離を行っても示したものがない。しかし道の背の高い雑草が途切れた向こうに、階段状の田んぼが見えた。
僕がいる、この細い道の両側に段々になった田んぼが、山間の細くなった向こうまで広がっているが、先ほどの看板には右側が百選で選定された棚田らしい。
僕には右も左も同じように見えるが、棚田と指定されるには何か条件があるのだろうか。
ともかく、その条件が何であろうと、階段状の田んぼは美しく、日本の原風景を見るようである。
田んぼの横の畑には白い花が密集している。蕎麦の花だろうか。
(新蕎麦の時期だな)と、しばらくすればやってくる小諸の美味い蕎麦を思った。
都内のそばチェーン店が、『小諸そば』と銘打っているように、小諸の蕎麦は名が通っているようだ。
先日戸隠ではお昼に蕎麦を食したが、その戸隠そばとはまた違った美味さがある。
小諸の蕎麦は、小諸藩初代藩主、仙石秀久が奨励した事から始まったらしい。
棚田の所々の田んぼは刈り入れが終わったものもあり、田んぼと田んぼの間にはコスモスの群れがあった。
僕が車を止めたちょっとしたスペースの、小山とも言えない盛り上がった場所に、小さな神社があったのが気になった。
何という神社なのか、何の神様が祀られているのか、何の手掛かりがない。
しかし、米作りに従事する人々の安全と、稲の無事の育成を見守る、五穀豊穣の神様ではないかと、僕は思った。
山間に 棚田を守る 案山子あり
(宇坪入の棚田から)
(この記事に使った曲は…Piccinini / Passacalia/演奏は…Le musicastre)
(地図はこちら)
対向車線から来る車の列の、どの運転者も疲れきった顔をしている。シルバーウィークを楽しく過ごした反動だろう。
反対車線から見る僕の顔も、疲れきった表情をしてたかもしれない。もっとも僕は、この連休中も仕事だった疲れなのだ。
急な仕事を終えると、街の喧騒から逃れたくなった。
疲れているせいか、
(田舎の風景が見たいな)と思う。のんびりとした安穏な風景は心身の疲れを癒してくれるかも知れない。
正直なところ、佐久平はどこを走っても田舎の風景が見られるが、ふと棚田の風景が浮かんだ。しかし棚田は、佐久平の平野には絶対に見られない。
今日も秋晴れである。ただ浅間山は雲に閉ざされていた。
車の中は、優しいリュートの音色が流れている。僕は車の中でCDを聴くことはあまりないが、リュートのCDだけは車の中に用意してある。気が向いた時にだけ掛けるのだ。
音楽は、現代に近付くと共に大音量になってきた。それは音楽家が宮廷付きから職業音楽家に変わっていったからだ。
宮廷音楽家は、国王の為だけに音楽を作ればよかった。それで給料が貰えた。しかし職業音楽家は、たくさんの聴衆を集めて、その聴衆の支払うお金を糧にしなければならない。だから人がたくさん入る会場が必要になる。人がたくさん入るような大きな会場の後ろまで音を届かせる為には、大きな音の出る楽器でなければならない。
そんな時代に合わなくなった、音の小さいリュートは廃れていく…。
リュートの音の古の調べはやはり癒される。
僕が練習しはじめて過去に断念した、ピッチニーニのパッサカリアが流れてきた。
この曲は、同じコードが繰り返される曲なので、へたすると単調になりやすい。それに下声、中声、上声に出てくるテーマを浮き立たせなければならない難しい曲だ。
そんな難しい曲だからこそ、やりがいがあるかもしれない。曲を聴きながら、また挑戦してみようと思った。
車は浅間山の裾野を、国道から上って行く。御衣黄が咲く里を左折し、葉もれ陽の細い道をしばらく行くと菱野の温泉だ。
藤村の『千曲川のスケッチ』「山番」に書かれている「尾の石」というところはここからそう遠くないんじゃないだろうか、と思う。
実は、尾の石という地名を地図で探しても載ってない。
あとで図書館で調べてみようと思ったが、生憎書庫整理の為休館だった。
ただ、「山番」には菱野の湯まで十町とあるから、その周囲1㎞範囲のどこかだろうとその時、単に思っただけだ。
図書館には旧小字の書かれた地図資料があるだろうから、今度調べてみよう。
菱野の温泉からしばらく下ると、板沢という地区に出た。
この地区の宇坪入の棚田は、農水省によって制定された『日本の棚田百選』のひとつだ。傾きかけた案内板がその場所を告げている。この先300mらしいが、その距離を行っても示したものがない。しかし道の背の高い雑草が途切れた向こうに、階段状の田んぼが見えた。
僕がいる、この細い道の両側に段々になった田んぼが、山間の細くなった向こうまで広がっているが、先ほどの看板には右側が百選で選定された棚田らしい。
僕には右も左も同じように見えるが、棚田と指定されるには何か条件があるのだろうか。
ともかく、その条件が何であろうと、階段状の田んぼは美しく、日本の原風景を見るようである。
田んぼの横の畑には白い花が密集している。蕎麦の花だろうか。
(新蕎麦の時期だな)と、しばらくすればやってくる小諸の美味い蕎麦を思った。
都内のそばチェーン店が、『小諸そば』と銘打っているように、小諸の蕎麦は名が通っているようだ。
先日戸隠ではお昼に蕎麦を食したが、その戸隠そばとはまた違った美味さがある。
小諸の蕎麦は、小諸藩初代藩主、仙石秀久が奨励した事から始まったらしい。
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